チェコ情報

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■チェコ共和国
チェコは、ほぼ日本の北海道と同じ面積を持ち、ヨーロッパ大陸の中央に位置します。 そのため古くからヨーロッパの文化の交流地として栄えてきました。
中西部のボヘミア盆地は西のエルツ山脈、北のスデーディ山脈、南のベーマバルト山地に囲まれており、中央のモラヴィア高地以外は大半が低平な丘陵地であり、盆地の中央にはエルベ川が流れています。
産業はボヘミアガラス、陶磁器などの伝統的なものがその芸術性で高い評価を得ていますが、東欧きっての工業国でもあり、自動車や機械、繊維産業の面でも発達しています。 89年の「ビロード革命」後、それまで国営だった企業の民営化と市場経済への移行が進められています。首都であるプラハは永い歴史による世界的な遺産といってもよい建築物が数多く残り、「千塔の都」とも呼ばれ中世の面影を色濃く残しています。


■ボヘミアグラスの歴史
9世紀頃、スラブ系民族によって築かれたモラビィア帝国。 今日、世界中でその高い技術力と美しさで人々を魅了する工芸品である「ボヘミアガラス」の歴史は、そのモラビィア帝国のガラスビーズや指輪の遺物から始まります。この帝国はハンガリー人の侵入によりわずか100年で滅亡しますが、かれらの文化は以降のボヘミア帝国へと受け継がれました。
13世紀に入るとヨーロッパ中央部で発展をとげたボヘミア帝国では、そのガラス技術にもさらに向上し、大聖堂などのステンドグラスも作られるようになります。
14世紀後半には荘厳華麗な建築物とそれを彩るステンドグラスが最盛期を向かえ、多くの作品が作られましたが、度重なる戦争で、そのほとんどが失われてしまいました。 そしてほぼ同時期、ガラスの器も発展し、吹きガラスによる様々な器が作られるようになりました。
16世紀にはイタリア・ルネッサンスの波を受けたヴェネチアの製法が職人の手によってボヘミアにもたらされます。 ハプスブルク家によって統治されたボヘミアでは、貴族からの要望により、多くのヴェネチア様式のガラス器が作られます。
16世紀末、熱心な美術愛好家であるルドルフ2世はヨーロッパ各地より、画家、彫刻家、建築家、などを招きます。 そして特に彼が宝石類を愛好したこともあり、プラハは宝石彫刻の中心地となります。そのことにより、ガラスのエングレーヴィング(特殊な工具でガラスに彫刻を施す作業)に適した、水晶のように純粋で硬い透明ガラスが生まれたのです。このガラス技術は三十年戦争の間も絶えることがなく、主要な輸出品になりました。
18世紀に入るとガラス製品の貿易はヨーロッパ全土はもちろん、遠くアメリカやアジアにも進出します。 ボヘミアガラスはさらなる発展と多種多様を極め、深紅色、濃青色などの色ガラスや金箔を用いて図柄を表現する器も生まれました。
19世紀には戦争などの影響によってボヘミアガラスの輸出は一時衰退するものの、ロマン主義隆盛の波にのり、再びヨーロッパ市場に広がります。エングレーヴィングの技術も飛躍的に向上し、模様だけでなく、モデルを用いた人物像なども掘り込まれ、芸術品としてさらに高い表現力を見せるようになりました。
その後今日に至るまで、職人たちの気質に守られた伝統的な技法と、様々な芸術の要素を取り入れる積極的な姿勢でボヘミアガラスは世界的に高い評価を受け続けています。 ひとつひとつの作品にはこうして形作られてきたボヘミアグラスの長い歴史が刻み込まれているのです。その芸術品ともいうべきガラスに触れることで、その歴史を感じることができるかもしれません。

■チェコの風景
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